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浦和地方裁判所 昭和23年(行)12号 判決

原告 新井與七

被告 埼玉縣農地委員会埼玉縣知事

一、主  文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

二、請求の趣旨

埼玉縣大里郡岡部村農地委員会が別紙目録(一)及び(二)記載の土地について、昭和二十二年六月二十五日に定めた未墾地買收計画に関して、被告埼玉縣農地委員会が昭和二十二年八月十五日に與えた承認並に被告埼玉縣知事が同じく八月十五日に右の承認に基いてなした買收処分がいずれも無効であることを確認する。訴訟費用は被告等の負担とする。

二、事  実

原告訴訟代理人は、その請求の原因として、原告は別紙目録(一)及び(二)記載の土地を所有していたが、訴外埼玉縣岡部村農地委員会は、昭和二十二年六月二十五日にこれらの土地について自作農創設特別措置法による未墾地買收計画を樹立した。然し同委員会はこの買收計画について法定の公告從覧の手続を行わなかつた。それにもかゝわらず、昭和二十二年八月十五日に埼玉縣農地委員会は、右の未墾地買收計画を承認し、同日埼玉縣知事はこの承認に基き買收処分を行い、この処分を記した買收令書は昭和二十三年七月三日に、原告に対して交付された。しかしながらこの埼玉縣農地委員会の與えた承認並びに埼玉縣知事のなした買收処分には以下に述べるような瑕疵が存するから、何れも当然に無効な行政行爲と云わなければならない。

即ち原告は別紙目録(一)記載の土地一反七畝二十三歩(地目山林)については、昭和二十二年二月十五日から開墾をはじめ、翌月三十日にはその開墾を完了し、別紙目録(二)記載の土地四畝二十八歩(地目山林)については、昭和二十一年一月十五日から開墾をはじめ、同年三月十日には開墾を終り、開墾終了後には夫々の土地に陸稻或いは麦等を蒔きつけて耕作していたのであつて、原告に対する昭和二十二年度及び昭和二十三年度の供出割当には本件土地に関する分も含まれていたのである。從つて岡部村農地委員会が、これらの土地について未墾地買收計画を樹立した昭和二十二年六月二十五日現在において、これらの土地は既墾地と未墾地とを区別経驗則上の標準から見て何れも明白に既墾地と認められる状況にあり、しかも在村地主である原告の手に残された農地の面積は、本件の土地を加えても、埼玉縣における在村地主の農地保有面積を超過しないのである。このように既に開墾され、かつ、自作地であり、しかも保有面積の範囲内の本件土地を強制買收することは農地法の認めていないことであるのに、岡部村農地委員会はこの現況を無視して、これらの土地について未墾地買收計画を定めたのであつて、これは農地委員会に與えられている権限を逸脱したものというべきであり取消を俟つ迄もなく、当然無効なものである。

なお前記の通り岡部村農地委員会は、本件未墾地買收計画を樹立した後、法定の公告及び從覧の手続を行わなかつたから、この点からしても、右買收計画は無効である。而して買收計画が当然無効である以上それを本としてなされるその後の手続はすべて違法であるから、右の無効な買收計画に対して被告農地委員会が與えた承認及び被告知事のなした買收処分は何れも無効である。

然るに被告等はその有効であることを前提として事を進めているので原告はその無効であることの確認を求めるため本訴を提起したのである、と陳述し被告の主張する通り農地一筆調査規則による原告の申告がおくれたことは爭わないと答え、立証として甲第一号証乃至第七号証を提出し、証人早野利男、田島三郎、新井與次右衞門の各証言並に取下前の共同原告新井徳仁に対する本人訊問の結果を援用し、乙第一号証の成立を認め、之を利益に援用した。

被告両名指定代理人は、主文第一項と同旨の判決を求め、答弁として、岡部村農地委員会が原告主張のように別紙目録(一)及び(二)記載の土地について自作農創設特別措置法による未墾地買收計画を樹立したこと、被告埼玉縣農地委員会がこの買收計画を承認し、被告埼玉縣知事がこの承認に基いて、これらの土地についての買收処分を行い、原告主張の日にその買收令書が原告に交付されたことは認めるが、岡部村農地委員会が右の買收計画を定めた後、公告從覧の手続を行わなかつたという点は否認する。岡部村農地委員会は昭和二十二年七月五日より同月二十五日迄の間、公告從覧の手続を履践したのである。

また、本件土地が、この未墾地買收計画の樹立された昭和二十二年六月二十五日の現況に於いて、何れも開墾を了り夫々麦或いは陸稻などが耕作されていたという事実は否認する。これらの土地について未墾地買收計画を樹立する前に岡部村農地委員会は昭和二十二年二月初旬及び同年五月初旬の二回に亘つて、未墾地の各筆調査をしたのであるが、その当時別紙目録(一)記載の土地は未だ木の根を掘り起した程度にしか開墾が進んでいなかつたのであり、別紙目録(二)記載の土地は右二回の調査の時は勿論、買收計画樹立当時においても現況未墾地であつた。原告は昭和二十二年二月十四日埼玉縣令第五号埼玉縣農地一筆調査規則による同月一日現在における農地一筆調査の際に、本件の土地を農地として申告せず、昭和二十四年一月になつて、はじめて、農地として申告したのであつて、この事実は原告自身も本件買收計画樹立当時本件土地は農地でなく未墾地であることを認めていたからに外ならない。なお、原告の昭和二十二年度における麦、甘藷の供出量が前年度に比して増加しているとしても、それは村全体に対する供出割当量がふえたためであつて、本件各土地に対して供出を割当てたことに因るものではない。それ故岡部村農地委員会がこれらを何れも未墾地として買收計画を樹立したことは相当である。たとえこれらの土地が買收計画樹立の当時において、原告の主張するような状態であり既墾地と認定されるのが相当であつたとしても、行政処分におけるその程度の瑕疵は、原告がその処分の取消を求める原因とはなるかもしれないが、そのために当該行政処分が当然に無効であるということはできない、また保有面積は農地買收の限界となるが未墾地買收とは関係なく、本件土地は未墾地として買收手続を進めたものであるから、原告の保有農地面積の如何により本件買收手続は何の影響をも受けないのである。と陳述した。(立証省略)

四、理  由

原告所有の別紙目録(一)及び(二)記載の土地について、訴外埼玉縣大里郡岡部村農地委員会が昭和二十二年六月二十五日に自作農創設特別措置法により未墾地買收計画を樹立し、その後同年八月十五日に、被告埼玉縣農地委員会がこの未墾地買收計画を承認し、同日被告埼玉縣知事がこの承認に基いて、これらの土地の買收処分を行つた経過が原告の主張する通りであることは、当事者間に爭がない。ところで、原告は岡部村農地委員会が前記未墾地買收計画を樹立した後、その公告從覧の手続を行わなかつたと主張するのであるが、成立に爭いのない甲第二号証の記載及び新井徳仁に対する本人訊問の結果を総合して考えれば、岡部村農地委員会が右の告示をした上、不在地主に対し右從覧の通知をしたことが窺われるのであつて、特段の事情の認められない本件にあつては、岡部村農地委員会が特定の不在地主に限り公告從覧の手続をしたとは解せられないから、結局右の証拠だけで、右の手続が行われなかつたという事実を認めるには不充分であり、他にこの事実を認めるに足る証拠は存在しないから、この点に関する原告の主張は認めることができない。なお、右の公告手続を行うに当り、村農地委員会は、その事務所の掲示場に必要事項を掲示すれば足りるのであつて、必ずしも個別的に通知を発する必要はなく、しかもこの種の手続上の瑕疵は後に述べるように、当該行政行爲の取消を求める原因となりうるに止まり、その瑕疵によつて当該行政行爲が当然に無効となるものではないのである。よつて進んで昭和二十二年六月二十五日に岡部村農地委員会が、買收計画を樹立した当時において、別紙目録(一)及び(二)記載の本件土地が、如何なる状態にあつたかという点を考察する。先づ別紙目録(一)記載の埼玉縣大里郡岡部村大字岡字伊勢林千四百五十二番所在の土地一反七畝二十三歩について、証人早野利男の証言並に新井徳仁に対する本人訊問の結果を総合して考えてみると、原告は訴外早野利男に昭和二十二年一月頃、この土地の開墾を依頼したので、同人は他の数名の者と共同して、同年二月頃に開墾に着手し、同年三月末頃には、大体の荒起しを完了して、これを原告に引渡し、原告はその後この土地を整地し、同年五月中旬(即前認定の未墾地買收計画樹立の日である昭和二十二年六月二十五日より前)に陸稻の蒔付けを了えたという事実を認めることができるのであつて、証人茂木重郎の証言中この認定に反する部分は措信しない。更に別紙目録(二)記載の埼玉縣大里郡岡部村大字岡字流作四百五十七番の二所在の土地四畝二十八歩について、証人田島三郎の証言並に新井徳仁に対する本人訊問の結果を総合して考えてみると、この土地は、訴外田島三郎が原告の許可をえて、昭和二十一年一月頃開墾に着手し、同年三月下旬頃にその内三分の二位の部分の開墾を終えて、原告に引渡し、原告はその直後ここに馬鈴藷を植付けて耕作し、続いて同年中大豆、次に大小麦を作付け、それぞれの收獲物を得ていたという事実を認めることが出來るのであつて、これは前認定の本件買收計画樹立の日である昭和二十二年六月二十五日以前に当るのであり、右の認定に反する証人鎌田重次の証言は措信し難い。尤も原告が本件土地について昭和二十二年二月十四日埼玉縣令第五号埼玉縣農地一筆調査規則(この規則によれば、昭和二十二年二月一日現在農地を所有する者は、同年四月十日までに埼玉縣知事に申告をしなければならないことになつている。記録第一四一丁参照)による二号申告をせず、昭和二十四年一月になつてはじめて開墾届出をしたことは当事者間に爭がないのであるが、開墾ができていても申告を怠る事例がないわけではないから、原告が本件土地について右申告をしなかつたという一事をもつて、前記認定に反し本件買收計画当時本件土地が未墾地であつたという推断は下されないのである。

而して、未墾地買收計画樹立当時における本件土地の現状が夫々前記認定の如くである以上、これらは何れも未墾地ではなく、既墾地として、取扱われるのが相当であつたと云わなければならない。それ故岡部村農地委員会が本件各土地について樹立した未墾地買收計画、埼玉縣農地委員会がこの買收計画に対して與えた承認、埼玉縣知事がこの承認に基いてなした買收処分は何れも瑕疵のある行政行爲であると云わざるをえない。

而して、一般に瑕疵ある行政行爲は、その瑕疵の程度に從つて、取消しうる行爲と当然に無効な行爲とに大別しうるのであるが、この両者は、訴訟上相当異つた効果を有するにかかわらず、実定法上その限界は明確にされていない。しからばその限界を如何に定めるべきかということになると、先づ、一般に行政行爲が私法上の行爲と異り種々の特質を具有していることに鑑み、その瑕疵の程度、違背した法規そのものの性質及び重要性等と共に、瑕疵ある行政行爲に対する現行の爭訟制度の機能をも考えあわせ、個々の具体的事案について、それが取消しうべき行爲であるが、或は当然に無効な行爲であるかを定めるのが妥当である。而して山林を開墾し農地とするまでには立木を切り根を除き、篠や草や石塊を取り拂つて土を掘り起し、整地する等の段階があり、現地に臨んで問題とされている土地は右のいずれの段階にあるかを見て未墾地であるか否かをきめなければならないのであるが、これは見る人によつて少からぬ差があり得るのであつて、その間に関係機関の認定の余地が存する。この認定の過誤については、前述の諸般の関係をとり入れて考えれば、家屋の建つている宅地が地番の表示の間違から未墾地として買收されたような極端な場合は別として、通常は当該行政行爲の取消又は変更によつて是正されるに止まり、当該行爲を当然無効にはしないと解するのが相当である。

そこで本件の事案にもどつて考えてみるに、前記のように一は開墾直後であり、一は三分の一の未墾地を残す本件土地について、未墾地か否かの認定を誤つた程度の瑕疵は、これによつて各行政行爲の取消を求めることはともかくも、その瑕疵が存するために、当該行政行爲自体か当然に無効なものとなるとはいい得ない。最後に残るのは保有面積を割つた買收の効力の問題である。保有面積は農地についてきめられたものであり未墾地はこれと別個に考えられることは勿論であるが、未墾地として買收の手続を進められた土地が実は既墾地であり、その土地を加えても保有面積の制限内である場合については議論があり得る。しかしこの種未墾地買收を当然無効と見るならば、その土地の一部だけが保有面積の制限を超える場合に、どの部分が無効なのかをきめることができないばかりでなく、ひいては他の農地の買收をも無効として全部の買收手続をやり直さなければならないような結果をも生じ得る。未墾地なりや否やの認定の瑕疵は前記の通り取消の問題であつて一定の出訴期間があるのは、その期間後になつて既墾地の保有面積の問題を持出し、未墾地買收手続を無効とすることは極めて不合理であり、行政行爲の無効と取消を分かつ前説示の標準から考えて到底是認し難い。然らばこの点に関する原告の主張も亦理由がない。

仍て原告の本訴請求はこの上の判断を進めるまでもなくその理由がないことが明らかだからこれを棄却すべきものと認め、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九條の規定を適用して主文の通り判決したのである。

(裁判官 梶村敏樹 大沢竜夫 西廸雄)

(目録省略)

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